1 総論
第1章 新総合計画の意義
 本村は、昭和62年に策定された蓬田村長期総合計画に基づき総合的・計画的な村づくりを推進してきています。
 その間、トレーニングセンター、野球場等のスポーツ施設や社会教育施設のふるさと総合センターの整備、村の史跡である玉松台周辺の公園整備等の事業を推進してきました。
 また、村をめぐる周辺の動きとして、国道280号バイパスの一部供用開始、北海道新幹線の環境アセスメント調査、青函カートレイン構想などが着々と進みつつあり、本村の担うべき役割は次第に広がりをみせています。
 一方、昨今の社会経済情勢の急激な変化の時代にあって、多種多様化した住民の価値観、ニーズは細分化され、これらへの対応が必要となってくるなど、村づくりの諸施策も、時代の変動に即応したものが求められています。同時に本格化した高齢化社会への対応として、安心して暮らせる仕組みづくりなどが大きな課題となっています。
 こうした諸情勢を踏まえて、21世紀へ向けての新しい村づくりの方向を定めて、新たな総合計画を策定するものです。
 この計画により、住民と行政が一体となって地域全体の基本的方向を定め、バランスのとれた村づくりの共通の目標を定めることにより、行政の総合性と計画性を確保するものです。

第2章 新総合計画の概要
1.計画の名称
 計画の名称は、「蓬田村新総合計画」とし、サブタイトルを「蓬田リフレッシュプラン」とします。
2.計画の構成と期間
 蓬田村新総合計画は、基本構想、基本計画、実施計画をもって構成します。
・基本構想
 蓬田村の将来を提示し、その達成に必要な施策の大綱を明らかにするもので、10年後の2010年(平成22年度)を目標とします。
・基本計画
 基本構想を具現化するための基本的な施策や目標を明らかにし、平成13年度から平成17年度までの5年間の事業やソフト的な施策について、その方向づけをし前期の基本計画として策定するものです。
・実施計画
 基本計画で明らかにされた施策を具体的かつ効果的に実施するものであり、毎年度向こう3年間のローリングにより策定し、予算編成の先導的役割を果たすものです。

第3章 新計画の背景
1.位置と立地条件
 蓬田村は、青森県の北西部、津軽半島の東側陸奥湾沿岸(北緯40度58分東経140度40分)に位置し、南側を県庁所在地である青森市と接し、北側を蟹田町と接しています。面積は80.59km2で、南北に9km、東西に約11kmの広がりを持っているが面積の約76%は山林となっています。
 県都青森市の中心部まで約20kmの近距離にあり、国道280号のバイパス化により車で約25分、JR津軽線ではおよそ30分で結ばれています。
 また、高速交通網の連絡としては、東北自動車道青森インター、青森空港へのアクセス道路が国道280号と連結することにより充実が図られます。



2.地勢 
本村の西方を津軽半島の脊梁中山山脈が走り、袴腰岳(627m)赤倉岳(563m)大倉岳(677m)がそびえています。この山脈のふもとから蓬田川・阿弥陀川等により形成された沖積層が広がっているため、村全体が東向き斜面となっており、海岸線に沿って南北に標高2〜40mのゆるやかな平地が約5kmの幅で続いています。集落や約1,260haの耕地は、ほとんどがこの平地部にあります。



3.気象
 日本海式気候に属し、平均気温は11〜12℃、年間降水量は約1,200mm、年間日照時間は約1,500時間となっています。夏期における偏東風(ヤマセ)は、冷気流を吹き込むため、日照時間が少なく冷害、塩害で農作物や地域住民の生活に悪影響を及ぼしています。
 初雪は11月下旬、本格的な降雪は12月下旬以降になります。冬期は北西の季節風が強く吹き、降雪の日が多くなり、最深積雪は約1m程度です。



4.発展する村勢
a 村のあゆみ
 当村には、瀬辺地遺跡、小館・大館遺跡が分布し、古代から居住地として好適な立地条件を備えていたと推測されます。村の中ほどの蓬田集落には城跡があり、1981年の発掘調査によれば、平安時代の後半(11世紀〜12世紀)のものと考えられています。しかし、南部氏支配下にあったこの城は、天正13年の津軽為信東征により落城し、以後、津軽領となって田舎の荘に属し後潟組に編入されてきました。
 現在の村は、明治22年に町村制が実施されたとき後潟組から、中沢、長科、阿弥陀川、蓬田、郷沢の5集落を分離し、蟹田村から広瀬、瀬辺地の2集落を分離して誕生しました。
 藩政時代からいわゆる半農半漁の村で、農村文化が伝わっており、教育においては、寺子屋が開かれています。昭和30年代にはいち早く小学校の統合にも着手し、平成元年には村制施行100周年を迎え、今日に至っています。
b 人口のうごき
・人口及び世帯数
 村の人口の推移を国勢調査からみると、昭和35年国勢調査で5,425人であったのが、以後減少し続けて平成7年調査では、3,786人となり、昭和35年と比べると△1,639人(△30.2%)と大幅な減少をみせています。
 世帯数では昭和35年に929世帯、平成7年に997世帯とわずかながら増加しており、人口の減少とともに核家族化が進んでいます。



・人口動態の推移
 人口動態については、転出が転入を上回って推移してきましたが、平成9年の特別養護老人ホームの完成により、これが逆転しています。近年は出生数の減少に伴う自然増加の縮小が顕著になりつつあり、平成4年から死亡者数が出生者数を上回る自然減少を示しています。



・男女別年齢5歳階級別人口構成
 平成7年と昭和45年の年齢5歳階級別人口構成を比較して見ると、若い世代が減少し、高齢者が増加していることを示しています。また、高齢化の一つの指標である老年人口比率(総人口に占める65歳以上の割合)は平成2年16.5%(県平均12.9%・全国平均12.0%)、平成7年は21.3%(県平均16.0%・全国平均14.5%)となっています。



c 土地の利用状況
 蓬田村の総面積は、8,059haで総面積の76.3%が山林であり、その7割以上が国有林で占められています。
 土地の利用状況は、山林6,149ha(76.3%)、農地1,260ha(15.6%)、宅地86.5ha(1.1%)となっており、今後は計画的かつ効率的な土地の利活用が必要となっています。



d 産業・経済のすがた
 村の主なる産業は、稲作とホタテ養殖が中心であります。
 農業は、耕地面積の大部分が水田であり、農業センサスにおける農家戸数で比較すると昭和50年に697戸であったものが平成7年では431戸に減少しています。また、1戸あたり耕地面積は2.4ha、平成7年の米の収穫量は約4,910トンとなっています。農業の状況をみると、就業者が減少傾向にあり、また農地流動化に伴う経営規模の拡大やトマト生産等との複合化が図られています。
 水産業は、ホタテ養殖の振興により順調に漁獲高を伸ばし、その生産は平成2年に約2,700トン、6億4,600万円の水揚げがあり、全漁獲高の94%を占めるに至っています。しかし近年のホタテ貝価格の低迷により、平成10年には、4,700トン、6億3,100万円と低価格の影響を受け、苦境に立たされています。また、過重労働がネックとなっており自立経営できるまでに成長した漁家も、高齢化、後継者不足が深刻になり年々減少傾向にあります。
 村の工業出荷額については、木材木製品製造業が4割、縫製業が6割となっています。また、村の経済圏は青森生活経済圏に属しており、交通網の整備により消費者はますます青森市に流れる傾向にあります。一方、観光については都市近郊で豊かな自然を楽しめる観光事業が展開されています。



5.広域的にみた蓬田村
 蓬田村に住んでいる人たちは、平成7年国勢調査で3,786人ですが、そのうち村外へ748人が通勤、180人が通学しており、この割合は24.5%となっています。これに対し、村内へ通勤してくる人は、161人となっており、また通勤、通学などでは、隣接する青森市へが79%となっていますが、宅地分譲により村外への通勤者がさらに増えることも予想されます。
 今後は企業誘致等を積極的に進めることにより、村内へ定住させるための施策の推進、検討が図られつつあります。



6.国・県・広域圏等の計画との連携と調和
a 新・全国総合開発計画における位置づけ
 新・全国総合開発計画(平成10年3月策定)において、豊かな自然に恵まれた環境での安全でゆとりある生活、活力ある生産空間を確保する自立的な地域づくりを進め、多自然居住地域を創造し、さらに中核都市等の交流、連携により地域の活性化を促進する。また、個性豊かな地域文化の見直しを行うことにより、地域の特性を生かした新しい文化と生活様式を創出するとともに21世紀にふさわしい人と自然の新しい関係の構築を図ることとされています。
b 新青森県長期総合プランにおける位置づけ
 新青森県長期総合プラン(平成9年2月策定)において本村は、本県の行政や金融、産業、情報の中枢拠点を有する青森生活・経済圏に位置づけられています。
 当圏域は、今後東北新幹線盛岡・青森間の全線フル規格での早期完成や、青森空港周辺地域の総合的整備と市街地へのアクセス整備、青函高速フェリー航路の整備など地域ポテンシャルを高めるための基盤整備を進めるなかで広域・高速化のメリットを生かした産業の振興を図ることとされています。
c 青森地域ふるさと市町村圏計画による位置づけ
 本広域においては「魅力ある圏域づくり」を目的に、『ブルーロードが拓く活力と潤いに満ち ふれあいあふれる 北のふるさと圏』を圏域の将来像と位置づけ、本村は、稲作を中心としながら農畜産物や養殖漁業の振興に努め、食糧供給基地として、更に、青森市に隣接する特性を生かし、今後の道路整備の進展にしたがって、青森市のベッドタウンとしての役割を担うものとしています。