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ミス・ビードル号再現飛行スピリット・オブ・ウェナッチ実行委員会1999年(平成11年)、クライド・パングボーンとヒュー・ハーンドンの功績と彼らの冒険精神を記念して、ウェナッチ地域のボランティアは『スピリット・オブ・ウェナッチ実行委員会(The Spirit of Wenatchee:SOW)』を立ち上げ、さらに米国航空機実験協会ウェナッチ支部の協力のもと、ミス・ビードル号を復元し、当時ミス・ビードル号が飛んだルートを再現飛行するという壮大なプロジェクトの計画を立てました。この再現飛行の実施年はちょうどライト兄弟がフライヤー号による初の動力飛行を成し遂げた年から100年目にあたる2003年(平成15年)に予定されておりましたが、世界情勢の影響により2004年(平成16年)に延期、さらに2004年9月着陸事故発生により、計画を2005年(平成17年)に延期しました。 また、2004年(平成16年)10月5日(現地時間)のスピリット・オブ・ウェナッチ実行委員会にて、資金が十分でないこと、パイロットの訓練や計画の準備にさらに多くの時間を要することを再確認し、満場一致で太平洋無着陸横断飛行75周年にあたる2006年(平成18年)に再延期することを決定しました。 その後、2005年(平成17年)4月にワシントン州議会上院議会にて『この歴史的飛行達成の75周年を迎えるに当たり、“スピリット・オブ・ウェナッチ”プロジェクトである太平洋無着陸横断飛行の完全再現は大変な準備作業を伴うことから、東ウェナッチのヨモギ草原に胴体着陸を敢行することで終えること。』と決議されたことから、再現飛行は中止されたと思われました。 8ヵ月後の2005年11月、スピリット・オブ・ウェナッチ実行委員会は75周年を記念して2006年(平成18年)8月、ミス・ビードル号を三沢市に持ち込む準備をすることを投票により決定しました。計画の内容は復元機を船で輸送し、日本で組立て後、三沢から東ウェナッチへ無着陸横断飛行を行うというものです。 しかしながらこの計画は、2006年4月上旬、スピリット・オブ・ウェナッチ実行委員会にて、1931年の再現飛行の段取りや輸送準備等がはかどらず、資金集めにも時間がかかり、安全飛行に必要な飛行機の改造やテスト飛行等を完了することができなかったという理由から、中止が決定されました。 スピリット・オブ・ウェナッチ実行委員会では2007年(平成19年)に三沢市を訪問できるよう引き続き資金集めを行います。 ミス・ビードル号再現飛行の支援1999年(平成11年)2月、当時のウェナッチ市姉妹都市委員長より、同プロジェクトについて報道された地元新聞紙(同年1月17日付)が、三沢市姉妹都市委員会に送付されました。そこで初めて三沢市はミス・ビードル号再現飛行計画を確認しました。その後、ミス・ビードル号の出発地である当市では、同プロジェクトが姉妹都市を結んでいる両市にとって意義深いものであるという認識から、現地で行われている復元機製作や諸作業に対して何らかの支援を行いたいと思い、このことについて協議を重ねました。 その結果、同年11月、『ミス・ビードル号メモリアル飛行実行委員会』を立ち上げ、復元機製作に要する資金の援助を行うべく、募金活動を中心に様々な支援活動を展開しました。
復元機製作支援金調達状況
復元機の作業状況
途中、資金難に見舞われた時期もありました。しかし、三沢市でタイミングよくまとまった支援金を現地に贈ることができ、後に委員会よりその支援金が彼らの混迷期を明るみに導いたとの謝辞が送られてきたこともありました。復元機の作業状況は、2003年3月に機胴の外側を覆う作業と塗装を終え、2003年4月中旬に完成しました。 |
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