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広報くろいし2001年3月1日号より
くろいし魅力百選 その42
−黒石神社の石燈籠−


 黒石神社には、初代黒石領主・津軽信英(のぶふさ)公が奉られていますが、その墓所には2対の石燈籠が設置されています。これらの石燈籠は昨年11月、新たに市の文化財に加わりました。それぞれ建立年が異なりますが、今回は石燈籠とその建立者を紹介しましょう。


黒石神社の石燈籠 黒石神社の石燈籠

 写真外側の石燈籠は、2代領主・信敏(のぶとし)が、延宝2年(1674)、信英の13回忌に建立したものです。

 高さは1m90cmで笠の直径が63cm。材質は安山岩で、小国(平賀町)産の石を使用したと推定されますが、直径63cmの中台上部には、火袋が4面に施されています。
 
 この石燈籠は、元禄時代以前の歴史資料としては類例がなく、きわめて珍しく貴重なものです。
 
 津軽信敏は、寛文2年(1662)9月、信英が死去したことで、翌年1月に15歳で家督を相続。業種別に町割が進んでいた領内で、「一町一業種一年間無税のお触れ」を出すなどして、商業振興に力を注ぎました。

 信英の13回忌では、弘前4代藩主・信政とともに参拝したとの記録があり、石燈籠のほか、釣燈籠や手洗鉢(ちょうずばち)も奉納しています。




 写真内側の石燈籠は、宝暦11年(1761)に建立。5代領主・著高(あきたか)が、信英100回忌に奉納しました。

 高さは1m50cmで笠の直径は50cm。中台の直径も40cmと、信敏が建立した石燈籠に比べるとひと回り小さいものですが、こちらも材質は同じで4面に火袋が付いています。

 著高は、宝暦4年(1754)に28歳で家督を相続し、35歳を迎えた年に信英の100回忌を執行。57歳で没するまでの間には、大地震や相次ぐ飢饉に見舞われますが、領内の水田開発に大きな役割を果たす、町堰の開削を進めるなどの偉業を成し遂げました。

 当時の黒石は、街並みの形成も進み、著高が石灯籠を建立した2年後には、『中町の米穀商・高橋理右衛門が家屋を新築(現在の国重文・高橋家住宅)した』との記録も残されています。



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