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広報くろいし2001年2月1日号より
くろいし魅力百選 その41
−法眼寺の乗り駕籠(かご)−

法眼寺の乗り駕籠


 市教育委員会は、市文化財保護審議会の答申を受け、昨年12月5日に、▼法眼寺の乗 り駕籠▼感随寺のサルスベリ▼黒石神社の石燈籠―の3件を、新たに市文化財に指定しました。今号では、このうち「法眼寺の乗り駕籠」を紹介します。

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 宝厳山法眼寺(野呂徹宗住職・山形町)が所有するこの駕籠は、全体が黒漆塗りの4人で担ぐ型の乗り物です。約4・3mの担ぎ長柄を備えた本体は、高さ69p・幅108pで、長さが約75p。材質は桐と推定されています。

 駕籠の左右は引き戸の出入口で、その上部には紙張りと紗張りの二重障子が付いた小窓も。また、屋根の指し掛け部分には、日よけの竹編みすだれに加えて、雨よけの油紙も施されています。

 一方、内部は板張りの上に布を張った二重構造で、ひじ掛けや背もたれを設置。前部の小窓には、当時としては珍しいビロード布や金具が使用されています。


江戸中期の格式高い乗り物

 同寺に江戸時代中期ごろから伝わる「仏具施主帳(ぶつぐせしゅちょう)」には、「享保15年(1730)乗籠一張 黒石加藤権七」との記載がありますが、寄進者の加藤権七は、法眼寺の開基に尽力した加藤武助・勘兵衛(初代)の一族と思われます。

 寺伝によれば、この駕籠は、黒石津軽家への伺候や、黒石町内の寺院合同仏教行事への参向など、公用に限って使用されてきました。その装飾からも推察できますが、当時の同寺院の住職は、高級武家と同等の待遇を受けていたといわれ、格式の高い乗り物として伝えられてきたことが分かります。

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 この駕籠は、明治以降ほとんど使用されることなく保存。昭和60年ごろに、漆の塗り替えと畳部分の張替えなどの補修が行われましたが、270年を経た今も原形の保存状態が良く、江戸時代中期の格式を備えた由緒ある駕籠であることから、今回市の文化財に指定されました。


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