ホームくろいし魅力百選>その35「県重宝 明暦の検地帳」

広報くろいし2000年7月1日号より
くろいし魅力百選 その35
−県重宝「明暦の検地帳」−

県重宝「明歴の検地帳」

 今回は、今年4月に県重宝の指定を受けた「明暦の検地帳」(正式名称「明暦二年津軽十郎左衛門拝領山形黒石領外浜平内領検地帳」。本市所有)を紹介しましょう。

   ◆◇◆   ◆◇◆   ◆◇◆   ◆◇◆   ◆◇◆

 「明暦の検地帳」は、黒石藩祖・津軽信英公が、弘前藩から黒石領を分知された明暦2年(1656)の6〜7月に、弘前藩が行った検地の記録。県内最古の検地帳で、今でいう「土地測量台帳」です。

 明暦2年2月、信英公は弘前藩から5千石(表高)の領地を分け与えられました。内訳は、黒石2千石・外浜平内(現平内町)1千石・上州(現群馬県新田郡・佐波郡)2千石。明暦の検地帳には、このうち、黒石領と平内領分の検地状況が記され、年貢を徴収する際の資料として使用されました。

 冊子は全部で22冊あり、7冊が黒石領、15冊が平内領で構成。体裁は、半紙判の和紙二つ折りで、検地の実施年月日や地名・土地の等級・面積・生産高・作人名などが、墨筆の縦書きで記録されています。

黒石領開町の貴重な史料
 この検地帳を見ると、作物名には、米・粟(あわ)・稗(ひえ)・そば・大豆・小豆・大根・なす・油・麻・たばこ・麦・いも―などが列記。約340年前の黒石では、さまざまな種類の作物が生産されていたことが分かるほか、米以外の生産高は、「物成」と記され、これは全国的にも珍しい記述方法です。

 また、知行地を与えられた給人の名前もあることから、地方知行制が確立していたことを物語っています。

 さらに、作人名の右肩には町名が付されており、当時すでに町名が存在していたことを証明。本文からは、寺町・本町・古町・おいた町・上町・横町派・新八町・浦町・派町・徳兵衛派―の10町名が確認できます。

 検地帳の解読以前、黒石の町名は、信英公が分知後、城下町を形成したときに付けたものと伝えられてきましたが、信英公が実施した町割は、黒石に存在する古い町並を基礎にして整備したと考えられるようになりました。

   ◆◇◆   ◆◇◆   ◆◇◆   ◆◇◆   ◆◇◆

 このように、明暦の検地帳は、弘前藩前期の農政や、黒石領が開町する当時の史的事実を記載している貴重な史料となっています。


前ページへ戻る ホームページへ戻る