
片岡 「いやぁ、これはすごいや。まるで宇宙人じゃないですか。ゴーグルのような大きな目といい、広い肩幅といい、強いイメージがなければゼロから発想しようったってなかなかできるものじゃないですよ。あらゆる言葉を超越したような、この圧倒的な存在感!」
―― それは、あまりに特異な造形をした遮光器土偶。
遮光器土偶とは、眼鏡をかけたような大きな目が、北方民族のイヌイットが雪からの反射光をよけるために使用した「遮光器」に似ていることからその名がつけられた。縄文時代晩期のもので、鶴太郎さんが対面したのは青森県つがる市の亀ヶ岡遺跡から出土したもの。高さ36.7cmと大型で、ほぼ原形を留めたまま出土した。国の重要文化財に指定されている。
片岡 「頭の上の、これは王冠かな、髪形かな、ここに縄文人の手跡のようなものが見えるんですよね。3,000年以上前の人が作ったときの時間がそのまま停止しているようです。いままでレプリカや図録を見て知っているつもりになっていましたけど、やっぱり本物はすごい。どういう人が、どんな景色のなかで作っていたんだろうと、目の前にパーッっと縄文の風景が広がっていくような気がします」
―― 見ているうちに初対面のような気がしなくなってきた、と鶴太郎さん。それって、どういうことですか?
片岡 「最初はこの目にインパクトを受けるんですが、ジッと見ていると違和感がなくなってくるんですよ。だんだん顔がこう……変わってくるというか、生きているみたいにいろいろな表情を見せてくれるんです。一つひとつの作りは粗いんだけれども、それだけでは語れない造形美がある。もし、これがきれいに整形されているだけだったら、単に美しいだけでおもしろみや力感がないんですが、このなんともいえない素朴さと大胆なデフォルメ、すばらしい創造力ですね」
―― 土偶は、女性を表現したというのが定説だ。
鶴太郎さんを案内した縄文遺跡の専門家である青森県教育庁の岡田康博さんは、「明らかに男性と思われる土偶が一体も出土していないことから、土偶は子孫繁栄や豊穰をもたらすグレートマザー、つまり地母神としてあがめられていたのではないか」という。「他にも、安産を祈る際に使うとかいろいろな説があります。最近ではあまり言われなくなりましたが、けがや病気を取り除くための身代わりだったという説もあるんです。ほら、この遮光器土偶も左足が欠けているでしょう」

―― 縄文の人々の祈りが込められた土偶。鶴太郎さんはそこから、縄文文化の世界にふれることができるという。
片岡 「土偶を作るのは、土をこねて形を整えるというシンプルな作業ですが、そこには自分たちの世界を守ってくれる聖なる存在への、作り手の思いの強さがあらわれていると思うんです。縄文の人たちは自然の恩恵を受けると同時に、いつ災いをもたらすかわからない自然を恐れてもいた。感謝と祈りがいまよりもずっと大切だったはずです。自然と『ともに』というよりも、自然の『なかで』生きていた。だから、こんなにも生命感あふれる造形が生み出せたのではないでしょうか」
―― それともう一つ、鶴太郎さんは土偶が女性であったことにも注目する。
片岡 「土偶に象徴されるように縄文のシンボルは女性であり母性だった。ここにすべてが集約されていると思うんです。というのも、女性からは武器をもった戦いは生まれてこない。女性が意味するのは子孫繁栄であり、集落のみんなが食べ物も子どもの教育も、すべてを分かち合って生きていくということだったと思うんです。ところが、どこかでそのバランスが崩れて権力に結びついてくると、とめどもない争いが起こるようになる。そうなったときに祀られるのは男性です。縄文の、この遮光器土偶のおおらかさとふくよかさは本当にすばらしいですね。命を宿して次につなげていく生命力、人間としての生きる強さは女性にはとてもかなわない。そうやって見ていくと、この土偶がだんだん肝っ玉母ちゃんに見えてくるんですよ。どどーんとして、無敵。『あ、これはかなわない』と思いました(笑い)」
―― 縄文の人々がもっていた、やさしさと力強さ。そこから私たちが学ぶべきことは多い。
片岡 「縄文の人たちの心の豊かさや知性は、現代人よりはるかに高かったと思います。私たちはもっと縄文文化を誇りに思っていい。身近な縄文に目を向けて、一人でも多くの人にこのすばらしさを感じてほしいですね」
東京国立博物館の遮光器土偶に対面にイマジネーションをかきたてられたという片岡鶴太郎さんに、その感動を書にしたためてもらった。次回「いにしえの未来を訪ねて(vol.4)」では、鶴太郎さんの書とともに、作品に込めた思いを紹介する。
※「いにしえの未来を訪ねて(vol.4)」は、2月6日(金)に掲出予定です。

青森県 亀ヶ岡遺跡出土 重要文化財 (東京国立博物館蔵)
眼鏡をかけたような大きな目が、 イヌイットが雪中の光よけに着用した遮光器に似ていることから遮光器土偶と呼ばれる。縄文時代晩期の東北地方に多く見られる。 高さ36.7cm
●かたおか・つるたろう/1954年東京都生まれ。高校卒業と同時に片岡鶴八に師事。バラエティーやドラマ、映画で活躍。40歳から墨彩画を始め、全国で多数の個展を実施。
●おかだ・やすひろ/1957年青森県生まれ。弘前大学教育学部卒業後、青森県埋蔵文化財調査センターに勤務し、青森県内の遺跡調査に従事。92年から三内丸山遺跡の調査を担当。元文化庁文化財調査官。
エッセイ「縄文遊々学」を執筆中。