

2008年12月5日
縄文時代の中で生活していた人は実は、縄文というものを語る機会は意外に多い。
もっとも、それは縄文文化が持つ本質の部分が学術的に語られるのではなく、例えば、「そんな、縄文時代じゃないんだから!」といった具合に、時代のズレを感じさせる事象が会話の中で出てきたときの、古さの代名詞で用いたり、「そのフェイクファー、縄文テイストだよね」といった具合に、「縄文」と耳にして思い浮かぶ生活様式が、対象物に対する感想の中で引用されたり。
そう考えると、縄文というのは語られる対象として実は恵まれた存在なのだと思う。教科書にでてくるような偉人はいないけど、生活していた人みんなが偉人。そんな感じだと思う。
三内丸山遺跡に青森県立美術館側から向かう際に必ず目に入る「津軽の味・食堂部」も、そんな語りたくなるようなお店。店内に入ると目に飛び込んでくるのは、お店の歴史を感じさせるアイドルのポスターや、ギンガムチェックのテーブルクロス、万国旗、そして、すぐ隣にプールがあるせいか浮き輪も飾られている。まるで、海の家のようだ。
基本、このお店は食券制。ただ、メニューを選んでいると食券売り場の横のケースに入った焼肉丼弁当とかが目に飛び込んできて、うれしい悩みを抱えてしまう。結局、今回はケースの中にあったカレーライスを手にし、亥ラーメンの食券を買ってテーブルに向かう。

濃厚で懐かしさを感じさせるカレーライスの上には、トロトロの半熟目玉焼きが。さっそく一口食べると、口に広がるのは寝かせの美学が凝縮された味。スパイシーさを前面に押し出したカレーとは真逆の、濃厚でどこか懐かしさを感じさせるソース。ライスに絡むと食べ応え十二分。思った以上に大きな角切り豚肉もトロトロに煮込まれており、口に、入れると脂身がとろけてしまうほどだ。
そして、目玉焼きを崩しながらカレーソースに絡めて食べ進めると、マイルドなコクが組み合わさり、器に残る量が少なくなることが惜しくなるような味になる。実は、表面に少しまぶされたカレーパウダーがアクセントになっており、それも含めてかなり計算された味。そんなカレーを食べながら、亥(いのしし)ラーメンにも箸を伸ばす。
まろやかさとほんのりした甘みスープに猪のエキスや脂をふんだんに使ったその味は、うっすらとトロミがかった中で、まろやか、そしてほんのりと甘口。なのに、脂っこさは皆無で食べやすい。プルンとした細麺との相性もよく、とろけんばかりに煮込まれたチャーシューが4枚乗っていることもあって申し分のない満足度。
元々、この食堂を経営されている工藤さんのご先祖様は旧六郷村(現、鶴田町)にてそばを栽培し、その粉をまとめた生地を「そばかっけ」や「ひっつみ(すいとん)」のような形ではなく、脇差しのような刀で、生地から麺状に切り分けた「一そば一刀流」という技法を編み出した方。
そんな、ご先祖様からの技法や精神を受け継いだ先代のご主人は、青森駅前通りで食堂を営業し、そこには棟方志功や山下清も足を運び、料理に舌鼓を打っていたとのこと。
色々な歴史を受け継ぎながら、美味しい料理を作り上げるために日々の研鑽を欠かさない今のご主人。だからこそ店頭の看板に描かれた、先代からカウントしての「60年」の文字にも重みがある。
言葉とその対象というのは、語られなくなった時点で記憶から死んでしまう。だから、縄文時代というのは幸せだと思う。そして、このお店のように誰かに語りたくなるお店が、一日でも長く歴史を歩み続けることを願わずにはいられない。

※メニューは一例です。