

2008年11月14日
先日、縄文エッセイ執筆者の山田スイッチさんも訪れた岩木山麓にある「大森勝山遺跡」。
カーナビの音声案内に従いながら、国道や県道の数字を追いかけて、保育園のすぐそばにある角を曲がると、約5分で緑色の案内板にたどりつく。
ここを曲がってリンゴ畑を横目にしながら、奥へ奥へと細い道を進む。すると、1キロほどで遺跡の入口に到着。車を降りると出迎えてくれたのは、川のせせらぎ。
イメージと現実がいい形で一致して生まれた期待感を胸に、遺跡の森を奥に進んでいると、左手に高台の姿が目に入る。階段を一歩一歩踏みしめながら最上段に上り、少し下向き加減だった視線を上に向けると、秋の色に染まった岩木山の姿が広がっていた。
周りを囲むのは人為的に作られた建造物ではなく、岩木山と生い茂る木々。そして、BGMは小川のせせらぎと、風が紅葉を揺らす音だけ。
まるで、文明が生まれたままの姿のように、この一角だけは時間が止まっているようだ。でも、ここを訪れた人々に何かを伝えるために、時間は動いている。そして、この居心地のいい場所にずっと身を置いていたいという願望は、自分の時間だけが止まってほしいと願う。
そんな空間は、岩木山という存在があってこそのもの。だからこそ、この雄大な守護神に見守られながら食事をしたいと、強く思った。


遺跡から車を走らせること約15分。到着したのは、手打ちそば「むらかみ」。
日当たりのいい席に腰を下ろして、そば茶と揚げそばを口にする。そんな心遣いを、お代わりを頼んでしまうぐらいの勢いで食べながら、地鴨を使っているという鴨つけそばや、自家栽培のくるみを使っているというくるみそば…と悩んだ末に、天ざるそばを注文することにした。

最初に揚げたての天ぷら、そして、そばが順々に運ばれてくる。だが、最初に口にするべきは「水そば」。
これは、お蕎麦本来の味を最初に感じてもらうために、お店から提供される一品。
考えてみると、そばに求めるものというのが「のどごし」だったり「角の立ち方」だったり、色々なものではあるのだが、「そば粉の味そのものを本当に感じているか?」となると、食べ手にとっては、「そば=そばつゆとのバランスを楽しむ」という感もあって、優先順位が低くなりがちである。
でも、そんな前段を踏まえて水そばを口にすると、クミクミとした食感と舌に触れる角の刺激もありながら、それ以上に、そば自身の香りと味がこれほどまでに繊細で、これほどまでに深いものかと思ってしまう。水だけで食べられるという事実がそれを物語っている。
それを生み出したのは、ご主人が丁寧に青森産のそばの実の皮を向き、ゴミを取り除き、均質な大きさの実に整えた時間。そんな、一本一本のそばに宿る力と、ご主人の丁寧な仕事を十二分に体感したら、つゆとの相性や天ぷらとの組み合わせを、存分に楽しむことにしよう。

そば力が強いから、味が強めのそばつゆと合わせても、負けることなくしっかりとした食べ応え。だから、タネの瑞々しさがしっかりと残った、カラっと揚がった天ぷらとの相性もいい。至極当然の話だが、やっぱり、そば屋さんはそばが旨くないといけない。
そして、このお店にはそばの味以外にもう一つ、居心地の良さを生み出す理由がある。それが大きな窓越しに眺めることができる岩木山の姿。山頂とお店が一直線に結ばれた眺めは絶景の一言。四季折々の姿を楽しむことができるのも、このお店に通わなければならない理由。
ただ、最近は周辺の公共工事によって、このお店から眺めることができる風景の姿が変わりつつある。この窓から見える緑で覆われた土手の姿が変わり、雄大な岩木山の姿を飾る木々が切られてしまうという話もある。
多分、守らなければならないものというのは、人それぞれに違うものだと思う。でも、自分にとって守りたいものは、この眺めと共に味わう時間に他ならない。


※日曜、祝日は昼営業のみ
※祝日の場合は営業、翌日の火曜休み
くるみそば:840円
※メニューは一例です。