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縄文エッセイ|「縄文ファン」の方々が綴ったエッセイ。青森の縄文遺跡の魅力に迫ります。
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ホーム縄文エッセイ 田口ランディの縄文ぐるぐる便り:第1回 タマシイ、漏れちゃいました

縄文エッセイ|「縄文ファン」の方々が綴ったエッセイ。青森の縄文遺跡の魅力に迫ります。

田口ランディの縄文ぐるぐる便り

第1回 「タマシイ、漏れちゃいました」

2010年1月7日

先日のこと。ある雑誌の執筆陣が集う忘年会で縄文が話題になった。というのは、この雑誌の編集長と私は、09年の六月に信州に取材旅行し、そこで「体験縄文土器づくり」に挑戦。私はからっきし下手だったのだが、かの編集長は指導員の方もびっくりするほど素晴らしい縄文土器を練り上げた。それ以来、編集長は縄文土器作りに燃えており、自宅に粘土を取り寄せて黙々と作品を作りつづけているのである。

縄文土器のデザインがいかにダイナミックか、という話しになったとき、それに対して「そもそも縄文ってそんなに凄いのか? ほんとうに凄いのか? 縄文を持ち上げすぎなのではないか?」という意見が出たのである。なにしろ集まっていたのが、映画監督、文化人類学者、哲学者、写真家……という面々であるからして、縄文を巡って喧々囂々となった。

「だいたい、縄文が好きって言っても、縄文のなにが好きなの?」
と、シンプルに問われて私はハタと考えた。
縄文が好きというのは、曖昧すぎる。では、どこが好きなのか。思うに私が「縄文文化が好き」なのは、「70年代のアングラ文化が好き」なのとかなり近い。なんだか訳のわからないエネルギーを感じる。あのどろどろした暗黒の生命力のようなものに魅かれる。

つまりところ、私が寺山修司が好きなのも、縄文が好きに通じるのである。


火焔土器(作 小澤勲)

それにしても弥生式土器と縄文式土器はどうしてあんなに違うんだろうか。縄文土器の中期から晩期にかけて出現する、超デコラティブなデザインのあの土器、ぐねぐねぐるぐるした文様を見ているだけで血が騒ぐ感じは、私が十代の時に生まれて初めて寺山修司の天井桟敷の芝居を観た時のぞくぞくと似ている。

天井桟敷という劇団は、実に不思議な演劇を創っていたのである。舞台装置が派手で、役者はデコラティブで、奇妙な機械がたくさん登場する。舞台上ではあたかも人間が機械の一部のように動く。人間と機械が合体してハイブリッドになっている。私はこの「生体のハイブリッド」にものすごく魅かれるのである。人間と機械のハイブリッド、人間と精霊のハイブリッド、人間と動物のハイブリッド、動物と機械でもいいし、動物と精霊でもいい、あるいは、人間と神の、そして動物と神のハイブリッド……。

違うものが混血してしまった時の予想できないエネルギーが好きである。そして、縄文時代に作られた土器や土偶から、びんびんとそれを感じるのである。私は確信する。縄文人は相当にハイブリッドだったに違いない。

神話や伝説にはハイブリッドなモチーフがたくさん出現する。神と人間の結婚や、動物と人間の結婚。動物の精霊化などなど。近代に入って、いよいよ人間と機械のハイブリッド化が進み、テクノロジーと人間が合体して合体ロボットが出現したが、あれもハイブリッドである。エヴァンゲリオンもハイブリッドアニメである。ハイブリッドは超越的でかっこいいのである。それは天使でもあり悪魔でもある。限界を超えたものである。だから既成の価値観に左右されない。パワーはあるが不合理である。そこがいい。

私は縄文土器をエネルギーのハイブリッドと見る。特に過剰なまでに図案が盛り込まれた火焔式縄文土器は、この生命界におけるあらゆる状態のエネルギーを表現しているのだと感じる。


図1:サイ

もともと土器の「器」という文字にはどのような意味があるのか。
漢字学の大家である故白川静先生の解説によれば、漢字の口の字の発生は、サイ(図1)であり、サイとは人々が神様に願いごとをするために書いた文を入れる器の形を表わしているという。

「器」というは、神への祈りの文である祝詞を入れるサイを四個並べ、その中央に犬を置いた(現在では大だがかつては犬だったと白川先生は言う)。犬は清めのための犠牲(いけにえ)として用いるもので、つまり、器とは儀礼のときに使用される清められた「うつわ」を言うのだそうである。

漢字は古代中国の殷の時代に「甲骨文字」として登場した。亀の甲や動物の骨に刻みつけられた文字は、権力者の呪術のために用いられた。古代、器は生活用品としてではなく、呪術の道具としてより重要であったのだ。

また、日本語における「器(うつわ)」の「うつ」は「器(うつ)→虚ろ→空ろ→洞」と、なにもない空間を表わす音であり、民族学者の折口信夫によれば、命とは空っぽの容器のなかにタマ(たましい)が入り込むことである、とのことから考えれば、縄文時代に土器は「神にタマを捧げる道具」であったのではないか。

繁殖力の強い蔦植物で身体を飾り、入れ墨をほどこして人間の能力を超えた超越的な存在となった巫女が、ハイブリッド化した神聖な器に動植物のタマを入れ込み神に捧げる。それが儀礼の手段であったに違いない。
とまあ、そう考えて09年の10月に三内丸山遺跡において古代儀礼の再現を試みてみたのだが、肝心の土器の調達が間に合わず、供物の器がザルになってしまった。これは残念であった。ザルじゃ、タマシイも漏れてしまうよなあ。

プロフィール|Profile

画像:田口ランディ

田口ランディ

  • 1959年東京生まれ。現在は神奈川県湯河原町在住、一児の母。
  • 2000年6月、処女作長編小説「コンセント」を出版し作家としてデビュー。2001年「できればムカつかずに生きたい」(新潮社文庫)で第一回婦人公論文芸賞を受賞。その後、広く人間の心の問題をテーマに執筆活動を展開している。がん治療を扱った「キュア」(朝日新聞出版)など、ジャンルを越えて多数の作品を発表。最新小説は「蝿男」(文藝春秋)。
  • シャーマニズムや縄文文化にも造詣が深い。青森縄文友の会会長。トランスパーソナル学会理事。
  • ホームページ
    田口ランディ公式ブログ http://runday.exblog.jp/
    縄文友の会公式ブログ http://jomotomo.exblog.jp/
    日本トランスパーソナル学会 http://transpersonal.jp/

 

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