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| 所 在 地 | 八戸市是川字中居ほか |
| 指 定 区 分 | 国・史跡 |
| 時 期 | 縄文時代晩期 |
| 概 要 |
八戸市の南東部、新井田川左岸の大地に所在し、縄文時代晩期中心の中居遺跡、前期・中期の一王寺遺跡、中期の堀田遺跡の総称として是川遺跡と呼ばれています。 中居遺跡からは、縄文時代晩期の弓、櫛、腕輪、藍胎漆器など、赤漆塗りの木製品類が良好な保存状態で出土しております。これらは、工芸的にも優れており木製品類は縄文時代の技術を代表する遺物です。 一王寺遺跡からは、バケツを縦に長くした縄文時代前期、中期の円筒土器と呼ばれる土器が多数出土しており、円筒土器の名前は一王寺遺跡出土の土器をもって名付けられました。 堀田遺跡は、昭和11年に雑誌「ミネルヴァ」誌上で、縄文文化の終末年代を巡って大論争が行われた遺跡として知られています。 |
| 遺跡に関する 問い合わせ先 |
八戸市教育委員会文化課 〒031-8686 八戸市内丸1−1−1 TEL.0178(43)9156 |
| 地 図 | ![]() |